昔話-5  2000年12月

僕が浅野忠信を知ったのは地雷を踏んだらサヨウナラという映画。
高校3年生の大晦日、だから2000年最後の日。静岡では大晦日特番が終わった後、地雷を踏んだらサヨウナラが流れていた。

僕はその年末どうにもこうにもお金が必要で、餅工場の正月商品用短期アルバイトをしていた。餅やら米やらを運んだり、発送用のコンテナに詰め込んだり、予定よりも大きく出来上がってしまった餅を無理やり袋に詰め込んだり、とにかく朝5時から18時まで肉体労働を6日間。短期で金を稼ぐってのはこんなにも大変なのかと打ちのめされていた。そのバイトは大晦日が最終日で、僕は人生で最高にクタクタになった体に鞭打ち、年越しの会が開催されるファミレスへ。4人で年越しのはずが一人これなくなり、あげく、僕は寝た。そんな日だった。
カウントダウンの少し前に僕は彼女に起こされて、目の前にはクラッカーが。
「なにこれ?」
「ん? クラッカーじゃん」
「やんの? いっぱい人いるよ」
「大丈夫だよ、元バイト先だし、店長も知ってるし」
手のひらからブワッとクモの巣みたいに飛び出るクラッカーがあって、僕はそれ担当に。あのタイプのクラッカーをやったのはそれが最初で最後だ。今では爆発のさせ方すら分からない。
彼女の友達の女の子が、来るはずだった彼氏を思って泣いていた。女の子が泣いているってのに、僕は何もする事ができなかった。僕はやっと手に入れた、本当に手に入れたいと思っていた彼女と一緒で、でもだからこそ、僕はその気持ちを理解する事ができて、初めて人の為にそんな気持ちになって、でも結局、僕をそんなフウに変えてくれた彼女の事を思ってた。
その日僕は彼女を連れて自分の家へ。親にばれないように、庭のドアから自分の部屋へ。初めて入る彼女と一緒の布団。
「今日たしか地雷を踏んだらサヨウナラやってるはずだ」
「映画?」
「あれ?知らない?浅野忠信が出てるやつ」
「邦画あんまみないんだよね。でも12人の優しい日本人ってのは深夜やってるの偶然みて超面白かったけど。」
「何それ?」
「途中からみたからよくわかんないし誰が監督なのかも知らないんだけど、日本なのに陪審員が部屋の中で有罪か無罪か議論してんのよ」
「豊川悦氏が探偵役だったんだけど、理詰めで積み上がってく感じがたまんなかったよ。」
「あー理屈っぽいの好きだもんね。」
「俺探偵に憧れてんだよね。」
「邦画もいいよ。ちゃんとしてる人たちはちゃんとしたの撮ってるよ。」
「じゃあ地雷を踏んだらってやつ見る?」
「いや、たぶん誰かビデオ撮ってくれてるはずだしいいよ。テレビなんてつけないで。」


僕がその映画を見るのはもう少しだけ先。 彼女に振られて、この夜のことを思い出しても辛くはならなくなった頃。
それを見てから浅野忠信に興味を持って、それまで100%洋画だったのが、浅野さん目当てで見たPICNICを転機に邦画へ。映画をみて綺麗だって感想を持ったのは、地雷を踏んだらサヨウナラアンコールワットと、岩井俊二の映像だけのような気がする。
それ以来、僕が世界で一番行きたい場所はアンコールワットで、一番好きな監督は岩井俊二なんです。

僕を変えてくれた彼女はどうしたって特別で、どれだけ今の彼女が僕を想ってくれようと、やっぱりそこだけは譲れない。


色々考えてみたけれど、やっぱり僕の心は僕のもので、僕が想う人に捧げてるんです。奪われたところはその子の為に、奪ってくれたところはあなたに捧げます。どれだけ誰かが僕を想ってくれようと、僕はそこを譲らない。